【エッセイ9】月はいつでも
夜空を見上げれば(天気さえ良ければ)必ず月がある。満ち欠けを繰り
返しながら月はいつだって頭上に輝く。物心ついた頃から月は私の傍に
あった。
木造アパート2階にあった窓の縁に腰掛けて見上げた月は、今も変わら
ない。月を見て、人をうらやみ、肉親を恨み、自分を卑下した。睡魔が
やってくるまで月は私の心との会話に時間を割いてくれた。
「上を向いて歩こう」という歌が大ヒットした時、私は小学生だった。
けれど、歌詞の意味がなんだかとてもよく分かった。乾いた布に水が
染みこんでいくように…。そうか、上を向けば涙はこぼれないんだと。
あれからかなりの歳月が流れた。相変わらず、私は月を愛している。
つい先日も、飲んで夜道を歩きながらふと空を見上げた。そこには
見事な半月が浮かんでいた。ああ、きれいだなぁ、と思った。
肉親との縁が薄かったから、ひとりは平気だった。むしろ、ひとりの
方がずっと居心地が良かった。ひとりで本を読み、ひとりでテレビを
見て、ひとりでラジオを聞く。そして、いろいろなことを夢想した。
(夢精じゃないよ)
そんな私に、月はふさわしいような気がした。いくら見ていても見飽き
ない。そんな魅力が月にはあった。私はどうしてこれほど月が好きなの
だろうか?
若い頃、ずいぶんと悲しい思いをしたことがあった。それは、自分が
どう抗おうとしても、その濁流に呑み込まれてしまうしかなかったこと。
「諦めなさい…」その時の私に、月はぽつりと呟いた。