シャルル・ド・ゴール空港の思い出。
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今から30年近く前に仕事でヨーロッパに出かけました。行き先はロンドンと
パリ、それからイタリアのフィレンツェ。
ロンドンとパリは、JHから、フィレンツェは岐阜県から依頼された仕事でした。
さてJHからはどんな仕事を依頼されたか言えば、環状道路の(工事についての)
理解促進を図るものでした。
ところでみなさんが暮らしている地域には環状道路、と呼ばれるものはありますか?
この環状道路というのは、実は大都会を抱えた地域に多くつくられます。
なぜ、つくるのか?それは都心を避けて目的地に行くことができるからです。
つまり都心の交通ラッシュを減少させることができるわけです。環状道路に
入り、そのままリング上の道路を通行して、向かうべく方角の角度になったら
こんどはその方向へ進む道路に入る。このサークルを大・中・小とつくって
いけば、スムーズに目的地に行ける、というわけです。
都心が混むことは当然のことなので、車の通行量が減ればそれ以上の交通渋滞には
なりません。また渋滞時の排出ガスを減らすこともできます。そんなこんなで当時
私の暮らす中部地区でも、JHでは環状道路を整備しようとしていました。これは
とても理にかなっていることなので、全く反対する理由はありません。
ところでそういった環状道路の果たす役割は、ヨーロッパでの実例を見てもらえば
一般の方々にも分かってもらえるのでは?…という狙いで環状道路の映像をわれわれが
撮影してくることになったわけです。特にロンドンやパリにある環状道路は大いに活用され、
毎日の暮らしの中で重要な役割を果たしているので、撮影するには絶好だろうと。
そして撮影し編集された映像は、JHのパビリオンで見てもらおう!ということになった
のです。
先ずは名古屋空港から成田空港へ。成田空港からANAでロンドンのヒースロー
空港に飛びました。今回は私の家内もアシスタントで同行してもらいました。なにせ、
しっかりしていて頼もしい。地図を見てのナビもうまい。映像プロダクションの優秀な
PMのように役に立つからです。
ヒースローから電車に乗ってロンドン市内へ向かう。ふたりで重いスーツケースを
運んで、こうして遠く離れた国に来るといやが上にも結束が固くなる。よし、がんばるぞ!
みたいな気分になってくる。何だか江戸の敵をロンドンで!みたいな不思議な高揚感…、
って別に戦いに来たわけではないのに。(笑)
ロンドンの宿はホルボーン駅近くのボニントンホテル。ピカデリーサーカスにも近くて
立地はまぁまぁです。毎度のことで予算は厳しいので当然、高級ホテル
ではありません。バブル全盛の頃はみんな海外ロケにビジネスクラスで出かけ、
高級ホテルに滞在していました。私は当時マネージャー職だったので、そういった
ロケには部下が行っていました。いやはやニューオリンズだの、ロサンジェルスだの、
オーストラリアだの…。ジェットヘリで撮影して、ああしてこうして…。そんな時代を
懐かしく思いながらどう見ても高級とは言いがたいホテルにチェックインしました。
チェックインしたのは午後6時くらいだったので、夕食に出かけることにした。
以前にも何度か行ったことがある不思議な回転寿司「YO-SUSHI」に行きました。
ロックががんがんかかっていて、雰囲気は相変わらず。しかし行き着くまでには
何度か迷ってしまいました。ロンドンにはそれまでにも7〜8回は来ているのに、
なぜか街の記憶は曖昧で、それなりにいつも迷ってしまうのです。さて食事を済ましたら、
明日からはいよいよ仕事です。
翌日はロンドン市内を撮影しました。カメラマンとは現地集合になっていて、
前日に打ち合わせをすましてあります。10月のはじめだったので、もうロンドンは
けっこう寒くなっていました。その肌寒いロンドン市内を2階建てロンドンバスの2階
(屋根のない方です)から撮影しました。撮影そのものは難しいものではありません。
ひたすらクルマが行き交う街の中を撮るだけのこと。スタッフも私たち二人とカメラマン、
その助手の4人。夕方に無事終了しました。
夜は大好きなオペラ座の怪人を全員で観に行きました。私は基本的に劇場窓口で買うことに
しています。いい席があるかどうかは運次第ですが、日本から予約
して行ってもそれは同じですし何せ自分の都合のいい日時に行けます。今までに5回ほど
ロンドンで観ましたが、うち1回だけJCBカードで予約しましたが、そのメリットは感じられ
ませんでした。この時は2階席でしたが、その2年後にロンドンに行った際に窓口で買った席は、
正面前列から5列目でした。その後にも何度か行き、いろいろな席から観ましたが、それはそれで
面白い経験になりました。
例えばオープニングのシャンデリアが上がっていくシーン、あるいは怪人が
ステージのセットの上から現れる時など、1階正面、2階右側、1階左奥など、
当たり前ですが観る角度によって見えてくる世界が違います。これはこれで楽しいものでした。
席によっては多少の死角も当然ありますが、それも別に気になりません。
また、この劇場(当時はハーマジェスティーズシアター、現在はヒズマジェスティーズシアター)
の雰囲気や、休憩時間のバーの様子を心に刻むことも、私にとっては重要なことでした。
バルコニーのあるこぢんまりした劇場。その空間の中で演じられる英語圏の素晴らしい芸術に触れる、
その時間…。私にミュージカルの楽しさを教えてくれたK君に感謝です。(実はその時、家内は疲れて
爆睡していました。ま、これもまたありということで…)
次の日はレンタカーを借りて、いよいよ環状線を通行しての撮影です。ドライバーは私です。
あらかじめ日本で国際免許を交付しておいてもらったのです。運転にはそれなりに自信がありますし、
イギリスは左側通行なので気が楽だと考えたわけです。久々のマニュアル車だったが、すこぶる
スムーズに運転しながらの撮影となりました。
行く先はロンドン万博の水晶宮で有名なパクストンの設計した温室があるキューガーデンズです。
その後に映画、炎のランナーで主人公が母校の回廊を走るシーンが撮影されたイートン校のある
ウインザーに行く予定でしたが、こちらも無事に撮影できました。これでロンドンでの撮影分は終わりました。
次の日はお休み。ということでロンドン市内を家内とぶらぶらして過ごしました。私はロンドンに行くと
必ずハロッズのフードフロアに寄って、そこのオイスターバーに入ることにしていました。そして、
大好きな牡蠣やサーモンをグラスワインと楽しむのです。私はグルメでも何でもないので、確かなことは
よく分かりませんが、ヨーロッパの牡蠣はとてもおいしく感じます。(あくまでも個人的な感想です)
ヨードというのか、石灰分というのか、シングルモルトウイスキーを飲むとよく感じる、独特のスモーキーさ
やフレーバーが舌に広がります。
サーモンも好感の持てる脂がのっていて、舌触りがいいのです。もちろんノルウェイ産のおそらくかなり
いいサーモンでしょうから当たり前なのかもしれませんが。牡蠣にしてもサーモンにしてもランクがあるので、
せっかくの機会にケチるのはいやなのでそこそこのランクのものを注文するからかもしれません。
よく牡蠣にはシャブリ、と言われますが、私の場合はシャブリはどうも歯がきしきしするように思えて、
あまり好きではありません。むしろアルザスの甘めのドイツワイン品種の白が好きなので、自分の好みに
近い白ワインを合わせています。
ロンドンに着いて5日目の翌日はユーロスターでパリに移動です。男文化の街、ロンドンから、女文化の街パリへ。
実は私はパリもかなり好きなんです。
ユーロスターでパリに移動します。何回か乗ってはいるユーロスターですが、この仕事の次にヨーロッパに来て
乗った時に私は失敗を犯してしまいます。みなさん、この高速度鉄道はもちろん日本の新幹線と同じようなもの、
だと思い込んでいませんか?いえ、私は思い込んでいました。それでテーブルの上に飲み物を普通に載せていました。
するとカーブに差し掛かって車両が傾き!案の定、テーブルの上に載っていた飲み物(確か、ペットボトルの
オレンジーナ)が床に転げ落ちてしまいました…。
日本の新幹線は、多分あまりカーブがありません。あったとしても緩やかな曲線になっているのだと思います。
翻ってユーロスターは、そこそこのスピードのまま、それなりの角度のあるカーブを走ります。当然車両は傾き、
テーブル上のものは転落してしまいます。さすが日本の新幹線、鉄道技術はすごい!などと思いながら、ジュースを
拾いました。
さて、パリに着いたらホテルにチェックインに向かいます。パリではこの季節(10月)いろいろなイベントがあって
ホテルが満杯でしたので、押さえるのにはけっこう大変でした。やっと押さえたホテルは、それでもサン・ジェルマン・
デ・プレ。ブティックがたくさんあって華やかなエリア。モンパルナス駅にも近くてすこぶる便利です。ホテルの名前は
「ロワイヤル・サン・ジェルマン」。いかにも名前は高級ですが、屋根裏部屋のような狭い部屋でした。でもそれは
それで十分です。
パリに着いた日は以前紹介されて知り合いになっていた日本人の方と会いました。オペラ座でピアノを弾いている女性の
方で、この方に通訳をお願いしました。そしてその女性のボーイフレンドがドライバーを担当してくれることになって
いました。スタッフはこれで6人になりました。夕食はみんなでいっしょに「ミラマー」で中華料理を食べました。
この店は玉村豊男さんの著書で知っていて、以前にも何回か来たことがある店です。和やかに時間を過ごし、明日の予定を
確認してみんなと別れました。明日はシャンティイ、ヴェルサイユへ行きます。
翌日、環状線を走行して目的地までの過程をビデオカメラで撮影しました。何の問題もなく、その日の仕事は終わり
ました。通訳をしてくれているピアニストの女性と、そのボーイフレンド、そして私たち夫婦の4人で夕食をしました。
彼女のおすすめのレストランは素敵な店でした。いろいろな話を聞き、そして話し、楽しい時間を過ごしました。
この日は日曜日でした。また次の日はオフにしていました。なぜなら、私の家内が仕事の都合で日本に帰らなくては
ならないからです。
彼女が乗る予定の成田便は、なかなか搭乗手続きが始まりませんでした。けれども出発予定時刻は変わっていません。
つまり飛行機のトラブルではなく、空港側の何か問題のようでした。どういうことなのだろう?という苛立ちと、だったら
いっそのこと乗れなくなってしまった方がいいのに、という微妙な気持ちで私たちは空港の長椅子に座っていました。
その数時間前、私たちはサン・ジェルマン・デ・プレにあるAigleにいました。その日のパリには冷たい雨が
降っていました。
そのせいなのか、家内は茶色と黒の長靴を買おうか迷っていました。私は私でフードが付いている防寒ジャケットを
買おうかと悩んでいました。ここに来るまでに、いろいろな店のウィンドウをのぞきながらぶらぶらとこの界隈を
歩きました。彼女はJMWestonでかわいいローファーを見つけましたが、結局買うことなく帰国することになりました。
結局ふたりとも何も買わないまま、サン・ジェルマン・デ・プレ教会のそばにある日本のアパレルメーカーが経営している
蕎麦屋に入りました。値段の高さと量の少なさをふたりで毒づきながらあたたかい蕎麦を食べました。食事の後、彼女の
スーツケースを取りにホテルに戻りました。
大きな銀色のスーツケースは、今回の旅のために新たに買いそろえたRimowaです。それまではひとつしかなかった
大型のRimowaは、これでふたつになりました。そして、そのひとつだけを持って、ふたりでRERに乗りました。
威勢よく蕎麦屋の悪口を言っていた私たちはすっかり無口になっていました。行く先はもちろん、シャルル・ド・
ゴール空港です。
私はこのままパリに残り、明日市内を撮影したら翌々日の夕方にはフィレンツェ行きの飛行機に乗ります。そして、
別件の仕事(岐阜県の姉妹州であるトスカーナ州を撮影してくる仕事です)をしてくる予定です。だから、彼女は
ひとりで今日、パリから日本へ帰ることになっていました。外せない仕事が入っていたからです。搭乗手続き開始の
アナウンスが聞こえました。フライト時刻まで15分ほどしかなくなっていました。多くの人が待っていたのでなかなか
チェックインができません。時間はとうとう残り5分ほどになってしまっていました。これって間に合うのか?本当に
定刻に出発するのか?そんなことを思いながら、列の最後尾に並んだ彼女を見ていました。そしていよいよ彼女の順番が
やってきました。チケットを係に渡し、私を見て軽く手を振っていました。
ガラス張りの壁の向こう。何度も何度も立ち止まり、こちらに手を振る彼女がいました。その姿は少しずつ小さくなり、
そして、見えなくなってしまいました。私は初めて経験する感情に驚いていました。日本を出る時には、最後まで
いっしょに行動できなくて残念だね、というくらいにしか考えていなかったことが、実はこれほど切ないことだとは
想像もしていなかったのです。
空港からの帰路、RERの車中では、ずっと最後まで立ち止まってこちらを見ていた彼女の姿が思い浮かび、頭から
消えませんでした。やがてモンパルナス駅に着き、そして私は再び雨の中を歩いてAigleに行きました。辺りはもう暗く
なり、すっかり夜になっていましたが、まだ営業時間内でした。ふたりで店内を見て回った通りの順路で、改めて
防寒ジャケットが置いてあるコーナーへ行きました。
「いいじゃない、フードも付いているし」。
お昼にこの場所で彼女が言った言葉を思い出しながら、私はその防寒着を買いました。
