Barbourをめぐる話。
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今から35年ほど前くらいからよくイギリスに行っていた。
とは言え、もう8年ほど行けていないが…。
20代はじめは平凡出版(マガジンハウス)から出ていた雑誌
「ポパイ」がファッションについての情報源だったが、この
雑誌はほとんどがアメリカの文化についてのことばかりだった。
あるいはムックで出版されていた「MADE IN AMERICA」なども
ジーンズやブーツからアウトドアウエアの話が主体だった。
尤も高校生になったばかりの頃はIVYブーム真最中だったので、
極々アメリカンなファッションについての特集が「メンクラ」
(雑誌メンズクラブ)には載っていた。
VANの全盛期で、とにかくVANのタグが付いている服が
欲しくてたまらなかった。
そんな流れから若者はトラッドかアメカジか、なんて二者択一の
時代だったように覚えている。
要するにアメリカンなファッションが一世を風靡していたのだ。
けれども高校2年くらいから所謂DCブランドなんていうファッ
ションが生まれ、BIGIとかNicoleなんていうブランドが人気を
得るようになっていた。
やがてCOMME des GARCONSやYOHJI YAMAMOTOなども
続々と登場して、なんだか日本はやたらとお洒落な国になった。
今までのアメリカン一辺倒からヨーロピアンなテイストのファッ
ションが台頭してきたのだ。
それでもその頃はまだ今で言うところの欧米のハイブランドなどは
まだまだ高値の花に過ぎず、フアッション関係者の一部が持っていた
だけで一般的ではなかったし、VUITTONなんか名前も読み方も知ら
なかった。
自分はどうだったかと言えば、IVYには飽きて、BIGIなどのDC
ブランドが大好きになり、東京の原宿や青山(パズル青山)などに
行ったりしていた。
店を倉俣史朗がデザインしたMILKBOYもお気に入りだった。
そんな時代から十数年、私はもうすっかり大人になり、広告代理店で
コピーライターとして働いていた。
35歳の時に広告代理店を辞めて独立したが、まだバブルの余韻が
残っていて、それなりに収入もあったのでよくヨーロッパに行った。
アウトドアブームはすっかり定着していてフライフィッシングとか
ルアーフィッシングなんていう小洒落た釣りもそれなりに定着して
きて、キャッチアンドリリースで楽しむ人もけっこういた。
そんな時期にイギリスに行くという話をすると、リールを買ってきて
くれ、なんて言われ、致し方なくロンドンの釣具店などに頼まれた
リールを買いに行った。
そこで運命の出会いを果たしたのがBarbourのオイルジャケット
だった。
もちろんブランド名は知っていたし、欧米のさまざまなブランドが
一気に日本に流入してきていたので、それなりに当時のヨーロッパの
定番ブランドや文化などへの知識は持っていた。
それでもロンドンで見たBarbourは想像以上で、ロイヤルワラントの
紋章が付いているタータンチェックの裏地もかっこよくて、一瞬で
欲しくなってしまった。
生地の色は基本が、茶、緑、紺、黒だが、生地にオイルが塗布されて
いるので、ほかの服とは全く違う趣になる。
私的には、これもとても良かった!
Barbourは、地元(イギリス」でも相当な人気を誇っていたのだろう。
釣具店(FARLOWS)でもHarrods(百貨店)でもかなり大きな売り場を
占めていた。
また通勤時の地下鉄に乗れば、ガッチリした体格のサラリーマンたちが
スーツの上にBarbourを着ている。
ところであの頃のBarbour(に塗ってあった)のオイルはかなり
ヘビーでヒーターが効いた車に乗るとオイルが滲んでしまうほど
だった。
着ている時に触れるとオイルが手指についてヌルヌルしてしまうし、
日本人にはあまり歓迎されない洋服であったと思う。
それでもしばらくするとオイルが変わったのかもしれないが、
かなりオイルのベタ付きが軽減されて着やすくなった。
また独特の匂いも(嫌いな人からは顰蹙ものだったかもしれないが)
それほど気にならないレベルのものになっていった。
今やあらゆるセレクトショップが別注とかでBarbourとコラボして
いるが、オイルと匂いがさほど強烈ではなくなったこともブームを
後押しした一因なのかもしれない。
どういうわけだかアメリカにはあまりこころを惹かれなかった私は、
そんなヨーロッパ文化から生まれた物たちにすっかり、はまった。
Bartbourに続いて、靴も大いなる興味の対象だった。
初めのうちはロンドンでChurch’s(スイス製)などが安かったので
喜んで買っていたが、サイズが大きなものばかりだったこともあり、
(私のサイズのものがなかなか見つからない)靴はパリで買うように
なっていった。(フランス人の足は日本人並みの大きさ)
そしてJ.M.WestonとParabootがお気に入りになった。
当時は今と違ってそこそこ円高だったので日本で買うよりもずいぶん
値打ちに買うことができた。
またスーツケースはRIMOWAとGlobe-Trotterで揃えていった。
こちらも海外で買うとかなり安かった(それでも高価だったが)と
覚えている。
要するにBarbourから始まったヨーロッパ物が私の周りを埋めてきた
わけだ。
そして今。
Barbourはキルティングコートやスプリングコートも入れれば、
8着。
J.M.WestonとParabootは計10足。(ちなみにDr.Martensは4足)
RIMOWAは全部で5個。(ジュラルミンのものばかり)
Globe-Trrotterは3個。
(ちなみにアメリカ物ですがZERO HALLIBURTONは4個です)笑
どれも頗る丈夫(頑丈)で全て現役である。
