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【エッセイ5】板倉さんちの2階

写真と本文は関係ありません


板倉さんちの2階を見上げると、窓の桟に腰掛けている女の人が見えた。
ふいうちを食らったみたいに僕はびっくりして、ちょっと顔を赤くした。
しかも、その女の人は僕に話しかけてきた。「ボク、どこの子?」

実は、いちばんはじめにその女の人と目があった時に、僕はそれなりに
動揺していたので、声までかけられてその動揺はさらに大きくなって、
逃げ出したいような気持ちになっていた。

とは言え、そのまま逃げ出しても近所のことだからまた出くわすに違い
ない。しどろもどろになって答えることにした。ただ、何を言ったのか、
皆目覚えてはいない。

後で分かったのだが、その女の人は板倉さんちの親戚で、当時女子大に
通っていた人らしかった。その人が遊びに来ていた。いや、ひょっとした
ら板倉さんちに下宿していたのかも知れない…。忘れてしまった。

僕にしてみれば、その人はすっかり「加賀まりこさん」みたいな感じで、
服装も垢抜けていて、ちょっとばかり下半身が反応してしまうような、
そんな、否応なしにあきらかに女の人!っていう電波を出していたので、
小学生の僕は、じぶんの狼狽ぶりが却って焦りを増幅してしまい、一体、
この気分にはいつ句読点やら、丸を付けたらいいもんだか、さっぱり
分からなくなっていた。

しばらくして気が付いたのは、あの状況は、おふくろに教えてもらった
長谷川伸の「一本刀土俵入り」の駒形茂兵衛みたいだってこと。2階から
声をかけられるって、っていうのが実にそういう感じがした。ってことは
あの人は御茶屋のお蔦さんかよ。そりゃ、申し訳ないからかぶりを振って
いや、やっぱり似ていないことにした。

板倉さんちには娘さんと息子さんがいて、どちらも僕より歳が下だった。
お父さんも、お母さんも、いつも格好よかったし、だいいち僕のように
家庭環境がちょっと…、みたいな子どもにもとても優しかった。