moriken office HP

【ショートストーリー1】ユートピア

写真と本文は関係ありません


まだ10代だった頃、深夜放送をよく聴いていた。

14歳から15歳、つまり中学2年から3年にかけては、
とにかく毎晩のように聴いていた。

受験勉強とは名ばかりで、ディスクジョッキーが話す内容や、
かかる曲が興味をそそるから聴いていただけ。

勉強はほぼしなかった。

そんな深夜の番組に入るラジオCMで、忘れられないものがあった。

どうやら深夜営業をしているレストランらしいのだが、
そのコメントが奮っていたのだ。

どんなコメントかと言うと。

ユーとペアでユートピア。

ダ洒落と言うべきか、傑作と言うべきか悩ましいところだが…。

それから数年後。

ハタチの私はある女子大生と付き合っていた。

一年前に高校生だった彼女と初めて会ったのはロック喫茶。

2回目のデートでそういうことになり、付き合うようになった。

その頃彼女は寮に住んでいた。

週末のみ実家に戻ってきて、また日曜日には静岡の寮へ帰る、
という生活だった。

翌年、彼女は東京の女子大に入学した。

それまでも遠距離だったが、さらに距離は遠くなった。

大学に入る年の、確か春休みに彼女は車の免許を取った。

まだ免許が無かった私は、彼女の運転する車で伊良湖岬や
京都に行ったりしていた。

夕方にこちらを出て、あてもなく京都に行った時。

百万遍の近くに居たようで、車を降りてぶらぶらしていたら
哲学の小径だった。

深夜。

誰も居ない哲学の小径をふたりで歩いた。

覚えているのは、それだけ…。

帰りの高速。

彼女はサイドブレーキを引いたまま走っていたようで、その後その車は
故障した。

夏に伊良湖岬に行った時は、砂浜でスタックしてしまいサーファーたちに
押してもらった。

彼女はかき氷を食べてお腹を壊してしまい、帰り道では何度か喫茶店に入った。

車で遠出したのはそれくらいだろうか。

普段は家まで迎えに来てもらい、市内でお茶を飲んだり食事に行ってしていた。

そしてある日、私はいきなりあることを思い出した。

そうだ!

ユートピアに行かないか?

それからふたりでその店、ユートピアにしばしば行くようになった。

実はそこのタンシチューが、私は大好きになってしまったのだ。

もう何十年も前の話。

上京した彼女は、ほどなくして私との関係を絶った。

その半年後、突然、彼女から電話があった。

まだ髪の毛は長いの?

と言われたので、

うん、長いよ。

と答えた。

彼女は、

もう髪は切った方がいいんじゃない、と。

私は

放っておいてくれよ、と。

私の方から受話器を置いた。

ひょっとしたら、すぐにまた電話のベルが鳴るのではないかと思い、
しばらく電話の前でそれを待った。

しかし、ベルは鳴らなかった。

大切なものを永遠に失ったことに気がついた。

振り返れば、人生はあっけないほど早く時間が通り過ぎるものだった。

そして私は改めてこんなことを思う。

ああ、できれば、

あのタンシチューを、

もういちどあの人と、と。