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「俺たちから、俺へ」4

写真と本文は関係ありません


【俺たちから、俺へ】

コルトレーンの長い曲が終わった。

ぷちっぷちっという、行く先を塞がれたトーンアームが
戸惑う音が続いた。

ややあって新たな曲が始まった。

チエット・ベーカーの「The Thirill Is Gone」。

投げやりで優しい声が周囲の雑音と重なった。


18歳になった俺は、赤点だらけの高校を辛うじて卒業した。

就職する気も起きずアルバイトをしていた。

ミュージックバーのバーテンダー。

この店では自分の好きな曲をかけていいことになっていた。

ジャズでもロックでもシャンソンでも。

選曲のセンスが良くて、客が受け入れればそれでOK。

昼まで寝て、夕方から朝まで仕事。

先ほどチエットの曲を選んだのは俺だ。

ここのところいいことがなかった。

先ずはナオミと別れたこと。

ナオミには新しい男ができていた。

俺と付き合っている時だって、他の男とセックスはしていた。

分かっていたが、離れていこうとはしなかったから。

ところがこんどはどうやら本気らしい。

半年前にあいつが堕ろしたことを思い出した。

あれは誰の子どもだったんだろう?

どっちでもいいことを考えていることに自分に腹が立った。

俺は努めて平気な顔をした。

平然と「そうか」とだけ言った。

あまり治安がいいとは言えない地区にあったロックバー。

そこで別れ話をした。

そして短いやりとりをして、すぐに店を出た。

見上げた12月の夜空は美しかった。

どこかにでかい穴が空いていた。

そこから青い血が大量に流れていた。

わずか数分前の自分と今の自分が全く違っていた。

当たり前だがそんな経験は初めてだった。

ふわふわとした地面に足が着いていないような感覚。

前に進んでいるのか、そうでないのか、つかめない。

寒さも感じない。

頭の中は空っぽ。

「家に帰るしかないか…」

1時間ほど歩いていたら目の前に汚いアパートが現れた。

そのアパートの二階が俺の家だ。

最低の母親と最悪の俺が暮らす部屋がそこにある…。

階段を上がって部屋の鍵を開けた。

ちょいちょい見かけるおっさんの革靴があった。

母親はおっさんとのセックスの真っ最中だった。

バックから入れられていた母親と目が合った。

母親は少し照れながら笑った。

俺は軽く手を上げて、気にすんな、と合図を送った。

なんだか母親を褒めてやりたいような気持ちになった。

落ち込んでいる俺を励まそうとしているみたいに思ったからだ。

仕方がないので部屋を出てまた歩き始めた。

外はやたらと寒く感じた。