「そいつの役割」5
「そいつの役割」5
誰からも相手にされない男がいた。
そいつは、気味が悪くなるほどの笑顔で人に話しかける。
しかし二言か三言でいなされ、その後は無視される。
ところがそいつは全くめげないのだ。
人を見れば話しかけ、冷たくあしらわれ、顔を背けられる。
だからとにかくいろいろなところへ出かけていく。
さまざまな店に顔を出す。
ちなみに疎ましがられるのは何も女にだけではない。
男からも嫌われる。
つまり全員からつまはじきにされるわけだ。
それでも、それでも。
そいつは悲しまない。
決して泣かないし、絶望もしない。
とは言え、そんな風だから希望なんてものも、もちろん持っていない。
この世で、この社会で、この人生で。
自分が本当に心底からひとりだと思えるようになるまで。
悲しみという感情は持たないことに決めたからだ。
ところがある日。
とうとう自分はひとりなんだと知ってしまった。
夢の中に、とうに死んでいる母親が現れた。
そしてそいつに向かってこう言ったのだ。
「お前は死ぬまで誰にも愛されない」
「誰にも優しくされないまま死んでいくんだ」
やがて目が覚めた。
身体を起こして鏡を見ると黒光りする身体が写っていた。
そいつは気がついた。
ああ、自分はゴキブリだったんだ。
そいつは、なまめかしく光る身体をのけぞらして大笑いした。
わかったぞ!わかったぞ!
自分の果たすべき役割がはっきりわかった。
俺は嫌われるために生まれてきたんだ。
そのゴキブリは身体中が幸福感でいっぱいだった。
とめどなく涙が溢れてきた。
もういつ死んでもいい。
踊りたくなってきたから、思い切り踊りまくった。
あまりに幸せだったからか、目の前がぼんやりしてきた。
賑やかな街に雪が降ってきた。
すっかりかすんできた目で空を見上げた。
「最高だ…」
誰も聞いていないのに、そいつは誰かに向かって話しかけた。
道端で死んでいたそいつは、誰からも無視されたまま横たわっていた。
赤いランプが近づいてきた。
生まれてきた意味は理解した。
でも生まれ変わりたい、とは思わなかった。
メリークリスマス。
聞こえない声でそいつは言った。