【短編】ふたりのトモコ(2)
知子は母親が買ってきた洋服が気に入らなかった。
脇のところがキュッと細くなっていて、そこからふわ〜って
二の腕のところまで膨らんでいて、手首の所でまた細く絞って
あった。
ついこの前まで賑々しく開催されていたオリンピック…。
(てか、私は全く興味がなかったけどね)
東海道新幹線なんてのも開通したとか…。
(内心、まだ東海道なんて言うんだ…と思っていたけど)
気がつかないうちにいろんなことが、どんどん変わっていく
ことに私は嫌悪感を感じていた。
そ〜んな今どきに、このブラウスはあきらかに変!
ママはそれでも返品するのが面倒だから(そうに違いない)
何とか私にそれを押しつけようとしていた。
そうそうママは料亭って言うのかな?
お金持ちだけど、絶対に性格が悪そうなおじさんばかりを相手に
するお店を経営していた。
もっともママは私が知らないと思っているけど、あの歌舞伎役者の
おじさんにかなりのお金を出してもらっていたはず。
だって、そのおじさんはママと私が暮らすマンションに当たり前
みたいな顔をしてしょっちゅう来ていたし。
ママが着ている着物の胸元から手を差し入れて、ママを喜ばせて
いたもん。
そんな時にママは変な声になって、私には理解できないような
動き(腰をくねくねさせるの)をしちゃうの。
で、私にウインクして(つまり自分の部屋に行きなさいって意味)
おじさんをたしなめて優しく言うの。
「おいた」しちゃ、だめよ。
おいた!(なんじゃそれ!)って言われると、おじさんはうれし
そうな顔になって、バスルームに向かう。
よくよく考えたんだけど「おいた」ってのは、悪戯(いたずら)に、
あえて「お」を付けて丁寧な言葉にしたんだと思う。
歌舞伎役者のおじさんは悪戯が好きなんだね。
うちでは「おいた」ばかりしているおじさんだけど、実はかなりの
有名人なんだ。
それをもらうとみんながひれ伏すような勲章?みたいなものを
そのうち必ず貰うらしい。
そんなわけで、ママはそれなりにお金を持っていて、よく高級な
フランス料理店とかにも行っていた。
おじさんは京都に明るいみたいで、ママもよく京都に呼ばれて
いた。
でもママは、絶対に京都にも女(ママが女って言うからね)がいる、
なんてひとり言みたいに言っていた。
ま、そんな環境だったから、私はそこそこ贅沢に育てられていて、習い事も
いっぱいさせられていた。
バレエ、日本舞踊、ピアノ、絵画、スイミング、書道、英語。
もう少し大きくなったらそれに加えて、茶道、華道も習わなきゃ
いけなくなる。
何のためにそんなことしなくちゃいけないのか、よく分からないけど
今のところはなんとかこなしている。
あ!
肝心なことを忘れていた。
私は…。
お人形さんみたいに可愛い…らしい。(ホントだよ)
会う人会う人、全員が必ず私のことを褒めそやすから、ママは
そのたびに機嫌が良くなって大笑いするの。
赤〜い唇の口角を上げて、せっかくの綺麗な真っ白な歯を手で
隠しながら、思いっきりね。
まだ10歳なのに、ママは私のことを女優にしたいと本気で思って
いるみたい。
もちろん、私も実はその気満々だけどね。