「でかい音の中」6
カウンターの中でぼ〜っとしていたら這っている奴を見つけた。
「ちっ!」
思い切り踏んづけてやったら、はらわたのようなものを出して死んだ。
嫌われるために生まれ、嫌われているから殺された。
ティッシュを使ってそいつを包んで捨ててやった。
それは、そいつに施された今までで最大の優しさだったかもしれない。
白い衣に包まれてあの世に行ったのだから幸せだっただろう。
今日はどんな客が来るんだろうか?
だいたいは常連しか来ないのだが、たまに間違えて入ってくる。
真夜中の12時頃に、そんな女客がひとりやって来た。
ショートカットでなかなかいい女だった。
「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグみたいな。
細身の身体にぴったりしたジーンズに青いセータを着ていた。
青いセーターだ…。
ふとナオミを思い出した。
「何を飲まれますか?」
カウンターに座って、そのまま下を向いていた女に聞いた。
「何でもいいよ」
「分かりました」
カクテルなんて作るのが面倒だから、シングルモルトに決めた。
フランス人が好きな甘口のシングルモルト。
それをロックにして出してやった。
カウッターにロックグラスを置いたら女が顔を上げて俺を見た。
25になっていたが、相変わらずミュージックバーで働いていた。
そんな俺は相当に疲れた顔をしていたに違いない。
あまりじっと見られるのも嫌だったが、そいつは俺を凝視した。
そして俺は気がついた。
明らかにナオミだった。
暗い照明とタバコの煙。
ナオミの場所だけが店の中で明るく見えた。
しかしナオミは何も気がつかないような顔をして座っていた。
「おいしい…」
ナオミ、いや、その女はBALVENIEの12年を一口飲んで、つぶやいた。
ナオミではなかったのか…。
知り合いのそぶりを全く見せない女を見ながら思った。
人違いだったんだ。
すっかりナオミだと思い込んでいた俺は、少しがっかりした。
「でかい音でドルフィーが聴きたいんだけど」
「ああ、分かった」
そう答えて俺は「ERIC DOLRHY AT THE FIVE SPOT」を大音量でかけた。
野太いバスクラの音がJBL4343のウーファーを震わせた。
音が大きくなったので、もう会話はほとんど聞こえなくなった。
他の客が激しく頭を振りながら曲に没頭し始めた。
女は、タバコを吸いながら目を閉じていた。
俺には話しかける気がなさそうだった。
だから俺も黙っていた。
かなりの時間が経ってから女が俺に向かって何かを言った。
レコードが大音量で鳴っているので、聞こえない。
女は叫ぶように、また何か言った。
それでも聞こえないので耳を女の口に近づけた。
こんどははっきり聞こえた。
「酔っ払ったから、家まで送って!」
一瞬迷ったが、口を女の耳に寄せてこう答えた。
「おぶって送ってやるよ」
女はうれしそうにうなずいた。